やりたいこととは誰に言われなくてもやってしまもの
やりたいことは見つけるべきものではない
「やりたいこと」について書いてみます。昨今、「人生、やりたいことをやって生きよう!」っていう風潮が強いですよね。いや、もちろん、好きなことやって生きるのはすばらしいし、素敵なことだと思います。やりたいことがあるのなら、どんどんやって、人生豊かにしてほしいと思います。
ただ、「今、やりたいことがないから、見つけなきゃ」と思っているのなら、ちょっと待ってほしい。そもそも、やりたいことというのは、見つけるべきものじゃなくて、「自然にそれをやっている、やってしまう」というものです。
わざわざ、習い事とか、趣味とか、大きなものじゃなくてもよいのです。
仕事の合間とか、家でのんびりしている時とか、つい、やってしまうことって、あるじゃないですか。たとえば、お風呂に入る時間が好きとか、昼寝が好き、植物を見るのが好き、ぼーっとするのが好き、自転車で走るのが好き、洗車が好き・・・。ほとんど、自分が好きなものを並べてしまいましたが。
そういうちょっとしたことが、やりたいことであっても十分だと思います。要は、気持ちの良い感覚、「ああ、これっていいなあ」って思える感覚に浸れることができればいいんですね。その気持ちのよい感覚になれる一つのツールが、たまたま趣味であったり、没頭できることであったりするわけです。
仕事とやりたいことは別にしたほうが良い場合もある
ちょっと脱線しますが、私も、ちょっと前までは、好きなことで食べていける人とか、羨ましかったです。だから、スピリチュアルで食べていけたらいいなあとか、自分の好きなことってなんだろうとか、悩んでたりしました。
しかし、スピリチュアルはそもそも、自分を癒すためにやっていたこと。自分が癒されていくと、だんだん、スピリチュアルからは離れていくものなので、とても職業なんかにできるものではありませんでしたし。
趣味でやっている剣術は、大好きなのですが、まだ始めて数年ですし、仮に師範になれたとしても、それだけでは食べていけません(っていうか、その気がない)。
そうすると、仕事と趣味、やりたいことは別のものにするのが、自分にとっては一番だと気付きました。剣術だって、「師範になって食べていく」なんて力んでやっていたら、面白くないですよ。できなかったものが、できた時の喜び、それが習い事の醍醐味ですね、やっぱり。
人間関係さえなんとかなれば、別に独立するために、好きなこととか探す必要はないです。私なんかだと、職種さえ自分の気質に合わせれば、サラリーマンの方がずっと楽でした。毎月定期的にお給料がもらえて、それを趣味の資金に回せるのですから、それでもう、人生万々歳です。
やりたいことは、お金という条件なしで気持ちよくできること
話を戻すと、好きなこと、やりたいことというのは、お金に換えるとかは考えないで、まずは、普段やっている、自身が気持ちのよいことをやるのが一番かなと思います。そういう気持ちの良いことの延長に、「あ、これ、やってみようかな」って思えることがあるかもかもしれません。
これもまた、余談ですが、私の父親を見ていると、理想的な人生送っているなあって感心するんですよ。彼は、地図を眺めるのが好きなんです。仕事から帰ってくると、ほぼ毎日、日本地図を見ながら、「今度はどこへ出かけて、ここに行ってみよう。そして、この場所の写真を撮ろう」と考えているみたいです。
彼自身は、別段、それを趣味という概念ではやっていません。ただ単に、「好き」なんですね。だから、究めるとか、そういう気持ちもないです。お風呂に入るような感覚なのだと思います。性格的には、いろいろ言いたいことがたくさんあるのですが(!)、その純粋さを見ているだけで、「人生、これでいいよね」って思わせてくれます。
やりたいことで、みんなとワーってやって、認められてというのももちろん、すばらしいです。でも、やりたいことがなくても、けっこう、人生楽しめますよ。「好き」という感覚は、誰にでもあるのですから。そういうのをちょっとずつ、増やしていけばよいのです。