「まあ、いいっか」とゆっくり生きていく
今の自分の生活のしかたは、ものすごくドライだと思っています。なにかあっても、たいてい、「まあ、いいっか…」「まあ、どっちでもいいな」という決まり文句が浮かんできます。
バスのお客さんが料金をごまかしても、最近は、もう、目くじらも立てなくなったし、「すてきだなあ…」って思った人に振られたって、「うん、まあ、たいしたことじゃないさ」って感じですよ(笑)。
昔は、こうしなきゃ、こうしなきゃ、人生うまくいかない…そんなことばかり、かんがえていましたねぇ。そして、うまくいかなかったら、いかないで、「もう、こんな世の中いいや」っていう厭世意識に苛まれていました。
今は、「うまくいかなくても、うまくいかないなりに、生き方があるし、過ごしかたがある」そう、思いながら生きています。
その根底にあるのは、「ま、どっちでもいいやじゃないか、たいしたことないじゃないか」っていう、どうでもいい理論。
これがなくても、なにも起きないし、なにか、起きたって、そのときに応じたなにかをやるだけ。もし、死ぬときがきたら、「死にたくない!」って言いながら、死ぬしかない。
そんなふうに、意識しておくと、たいていのことは、なんとかなっていくものです。世の中にまるっきり、背をむけるのではなく、かといって、どっぷり、この世界にはまることもしない。
昔は、なんだか、生きることが大変だったけど、目を向けるところをちょっと、変えるだけで、世の中、けっこう、面白くなることに気がつきました。
ドライながらも、できるだけ、いろんなことを面白がりながら、ゆっくりと生きていきたいですね。