「前を向く」というバスの運転哲学
元都バスの整備士に出会う
昨日の仕事中のお話。台風の影響による土砂降りの雨の中、給油所でバスに燃料を入れていたら、隣のスペースに中型トラックが止まって、若い兄ちゃんが降りてきた。
「いや〜、すごい雨っすねぇ〜。どんだけ、タイミング悪いんすか、俺たち!」とそのお兄ちゃん。この給油所には屋根がない。タオルを一枚だけ頭にかけ、なれた手つきで手早く、給油準備を整える。すると、今度は、開けっ放しにしていたこちらのバスの後ろ扉から、ヒョイっと乗り込んできた。
「いいすか〜?」って言うので、「ああ、もちろん、すごい雨だからね、いいよ。」と返したら、「俺、実は、都バスで整備士をやってたんすよ」と言うのだ。
ちょっと、驚いて、「へ〜、なんでまた、トラック運転手に?」と聞いたら、「いや〜、思ったほど稼げないんすよ、整備士って。こっちの方が、よっぽど気楽だし、おまけに前より給料いいし。」
私が給油していた場所は、勤めてるバス会社の親会社(運送会社)が所有する基地。なので、このお兄ちゃんは、親会社のトラック運転手というわけなんだけれど、なんでも、2年前から勤めてるとか。
元整備士が語ったバス運転手の内情
整備士も、人間関係的にいろいろ大変で、みんな仕事に慣れてくるとやることがないらしく、なぜか、マウントの取り合いになるらしい。つまり、人の整備のやり方を見ては一々、指導ではなく、ただケチをつけるというのだ。
まあ、これは、整備士に限ったことではない。どんな職場でも、あるいは、趣味の集まりだって、起きること。
「そういうの、嫌になっちゃったんすよね〜。そういや、バスの運転手も大変っすよね〜。都バス運転手もね、うつ病になる人が、年間に50〜60人もいるんすよ。」
うん、この兄ちゃんの言うデータの真偽は確かめていないので、なんとも言えないけれど、さもありなん、とは思った。都内は、なんせ、いろいろなお客がいると聞く。1〜2分、遅れただけで、クレームになるし、今は、ほとんどの人がスマホを持っているから、何かあれば、動画付きで、都庁へ運転手を告発する人もいるらしい。
「絶対数が多いから、マナーの悪い人も、そりゃあ、もう・・・。こっちの方は、大丈夫すか?」って聞くので、「まあ、こっちもね、いろんな人がいるけど、お客の層は、それほど悪くないと思うよ。」と返す。
バスの運転手は前だけしっかり向く!
実際、ここ最近は、ほとんど、クレームを言われたことはない。と、言うより、ほとんど、お客さんのことは、気にかけていない。まあ、もちろん、仕事上の安全とか、質問には、ちゃんと答えるけどね。
「バスの運転手はね、後ろは振り返らないの。前だけ、しっかり見て、運転する!これに尽きるよ!」と言ったら、受けていた。
本当は、うちのバス会社でも、鬱になった人はいたし、他社でも大手は、そう言う話をちらほら聞く。すべてが気になりだすと、バスの運転手という職業は、ちょっと、きついかもしれないな。
不正をしようとする人間はいっぱいいるし、理不尽なクレームをする人も中には、いる。車内は、社会の縮図のようなものとも、言えなくはない。もちろん、素敵な人もいますけどね(!)
もう、6年ぐらいやってるけど、その6年間のうちの経験で得た、対策みたいなものが「前だけをしっかり向いて、運転する!」っていうスタイル(笑)。見なくていいものは、見ないのだ。
ほとんどのことは、大したことじゃない。スルーできることの方が圧倒的に多いし、こちらがスルーできれば、物事は、大抵、スムーズに流れていく。
そんな話の後、「いや〜、整備士さんだったら、こっちにきて欲しいけどなあ。即、採用だよ。まあ、給料は安いんで、おすすめはできないけどね〜」と言ったら、苦笑いしていた。私と同じで、1人の時間が長い、トラック運転手の方が、性に合ってるって。
「でも、給料安くても、のんびり、長く続けられるなら、こっちのバスの方がいいんじゃないすか?」って兄ちゃんは笑いながら言った。
本当に、その通りだと思う。地方で育ってきた私では、都内では続きそうもない。まあ、そもそも、労働自体が向いていない、っていうのもあるけど。
意外な出会いにびっくりしながらも、しばし、自分の職業について、考えた瞬間だった。