サボりは未来への伏線
会社の掃除がテキトーになった
正直なところを書いてみると、パートになった今、仕事に対する思い入れは、ほとんどない。お客さんを安全に、目的地まで届ける。勤務中、これさえ、達成できれば、自分の好きなように仕事ができるようになった。というより、そのように、切り替えた。
うちのバス会社は、非常にゆるいほうだけれど、他の会社の状況を聞くと、結構、上下関係やらが厳しいらしい。掃除のやり方一つ取ってみても、新人は特にケチをつけられるとか。
私は、掃除でケチをつけられたことはないけど、社員のころ、特に新人のうちは、それなりに気を遣っていた。特に、先輩方には、文句を言われないように、常に車両をピカピカにしていた。
パートになって、立場が変わり、なんとなく、社員との距離が微妙に遠くなった時に、また一つ、何かが吹っ切れた。「ああ、そうだ、掃除もテキトーにやるベェ」と。
以来、掃除は超テキトーになった。相手が誰であろうと。もちろん、全くやらないわけではないんだけれど、必要最低限で済ませる。おかげで、休憩時間が格段に増えましたよ。
もはや、先輩だろうが、上司だろうが、なにを言われても平気になったのだけれど、別段、それで、「お前、掃除やってないだろう?」と言われたことは一度もない。
むしろ、乗務交代で車両を掃除しているフリをしていると、車両を引き継ぐ先輩が「ああ、いいよ、いいよ、俺がやっとく。どうせ、また、汚れるからよ」と、逆に、気を遣われる。お言葉に甘えて、お礼を言い、しばらく、世間話につきあって、勤務を終える。そんな日がここ2ヶ月くらい続いている。
開きなおれば、なおるほど…
人手不足だから、まだまだ若手な私を辞めさせたくないのか、それとも、バイトで給料が安くなった私への同情か(そんなことあるわけないか…)、ともかく、「もう辞めちまえ!」といった威圧感みたいなものを感じたことはない。
だから、調子に乗って好き勝手にやらせてもらっている。なんだろうなあ、「もう、どうでもいいや」って開きなおれば、開きなおるほど、楽になっていく。まあね、「あいつ、これからどうするつもりなのかなあ」っていう心配というか、野次馬根性というか、そういうものは、折に触れて感じるけど。
そういうことを感じている人たちを横目に、密かに、隠れて、笑みを浮かべる悪いやつ(笑)。もっと、効率のよい仕事があったら、変わるかもしれないけれど、まあ、しばらくはないだろうなあ。なので、まだ、まだ、テキトーに通わせてください、先輩!
仕事をサボることにも、意味があるかも(?)
ひとつひとつ、確実に、自分が楽になる道筋をつけていく。焦らずにね。好きなものをすぐに見つけるとか、天職、天命を見つけるとか、すぐに、実現してやろうとか、焦っちゃダメ。そんなん、あるかどうかなんて、わからない。見つからなくたって、楽しむ素材は、今、ここに、いくらでもある。
今、できること、やっていけばいい。まずは、会社の仕事サボること、そこから始まる、何かがあるかもしれない(笑)。